🍵【道の駅 彼杵の荘③】茅葺きの家が『本日貸切』で撃沈(涙)!お茶が大好きな神様にお参りしてきました〜長崎の旅〜
こんにちは😊
旅する園芸屋二代目しんのすけです🌱
長崎・佐賀の道の駅めぐりの旅、まだまだ続いております😄
前回は【道の駅 彼杵の荘②】でした✨
道の駅の中にある歴史民俗資料館が、まさかの入館無料で😳
ヒラぐわの角度に唸り、背負い梯子で祖父母を思い出し、馬鍬が牛に引かれていた事実に笑い😌
蓑の素材がぜんぶ植物で、園芸屋としてひとりで盛り上がった、あの回です🌱
最後の籾摺機に『農林通産大臣賞受領』と書いてあって「凄っ」となったところで終わりました🔖
で、今回です🙌
実は資料館、2階もあったんです📚
そして道の駅の敷地には、まだ僕が見ていないものがゴロゴロ残っていました👀
茅葺き屋根の家🏠
お茶が好きな神様🍵
観音様😌
そして、僕が家に持っているものと全く同じもの(笑)😂
涙もあり、驚きもあり、なかなか濃い30分でした😳
それでは、いってみましょう👀
📷 まずは2階に上がりました……そして『撮影禁止』(涙)
1階の農具をひととおり見終わって、僕は階段を見つけました😆
上があるんです🌸
こういうとき、必ず上がりますよね💡
上がってみたら、これがまた面白かった😆
2階には、この地方のいろいろが展示されていました😳
彼杵という土地の暮らし、産業、歴史📚
1階が『農具』だったのに対して、2階は『地域そのもの』という感じです😌
これは書きたい🍀
そう思ってカメラを構えました📸
……そこで気づきました😁
『撮影禁止』😊
……😄
あ✨
そうですか(涙)🙌
いや、当然のことです😌
展示品には所有者の方がいらっしゃるし、資料の権利の問題もあります📚
無料で見せていただいている立場ですから、文句なんてひとつもありません😋
ただ、正直に言うと👀
悔しい(涙)😆
ブログを書いている人間としては、いいものを見つけたときに写真が撮れないのは、なかなかこたえます📸
なので、ここでははっきり言わせてください🌸
2階は、僕の記事では読めません💡
現地に行ってください(笑)😆
いや本当に、これしか言えないんです😳
僕の記事を読んで「ふーん」で終わらせずに、実際に階段を上がってほしい🍀
そこにしかないものが、ちゃんとあります😁
……と、前向きにまとめてみましたが、やっぱり悔しいです(涙)🙌
しっかり目に焼きつけて、階段を降りました👀
🏠 物産館に向かう途中、いきなり茅葺き屋根の家が現れました
資料館を出て、僕は次の目的地を決めていました📚
物産館です😊
道の駅といえば、やっぱりここですよ🙌
地元の野菜、地元の加工品、地元の名物😄
園芸屋としては、直売所コーナーで苗が売られていないかも気になります🌱
というわけで、いそいそと歩き出しました💡
そうしたら✨
視界の左側に、なにか大きなものが入ってきました🙌
顔を上げて、足が止まりました😌

茅葺き屋根の家です🏠
いや、待ってください👀
道の駅ですよ、ここ😆
さっき県内最大級の古墳が出てきて🌸
そのあと無料の資料館が出てきて📚
なのにコレ?💡
まだあるんですか(笑)🤣
この道の駅、本当に底が見えません😳
それにしても、堂々とした家でした🍀
分厚い茅の屋根が、ぐっと膨らんだ形で乗っています🏠
軒先には黒い瓦がまわっていて、下は板壁と土壁😁
入口のところに、木の柱と縁側があります🌱
そして、これは園芸屋の目線なんですが😊
屋根に、緑と黄色のものが生えていました🏠
苔です😄
そして、黄色っぽい地衣類(ちいるい)✨
これがけっこう広い範囲に広がっていて、遠目にはまるで模様のように見えました👀
これについては、あとで豆知識コーナーでたっぷり語らせてください🙌
まずは、説明板を読みに行きます😌
📋 『まちづくり景観資産 旧岳中家住宅』と書いてありました
家の前に、説明板が立っていました👀

しかも、二段構えです😆
上に黒い金属のプレート🌸
下に白い大きな解説板💡
まず、黒いプレートから読んでみます😳
『まちづくり景観資産』🍀
『景資第2-38号』😁
『旧岳中家住宅』😊
「この建造物は、未来へ残すべき貴重な財産です」😄
『長崎県』✨
……なるほど💡
長崎県が「未来へ残すべき貴重な財産」と認定した建物、ということですね🏠
『まちづくり景観資産』というのは、長崎県の制度です🙌
景観上、大切な建物や樹木を県が登録して守っていく、というものです🏠
番号が『第2-38号』😌
ちゃんと登録番号が振られているのが、なんだかいいですね👀
そして、名前が『旧岳中家住宅』😆
岳中(たけなか)さんのお宅、ということでしょう🌸
で、下の白い解説板💡
こちらのタイトルが、これです😳
『明治の民家』🍀
全文を読んでみます😁
「この茅葺(かやぶき)の家は、明治の中頃、中岳郷に建てられていた母屋である😊」
「外に米蔵、牛小屋など四棟が並んでいた😄」
「富農家であったので母屋の間取りも部屋数も多くなっている✨」
「現存する茅葺の農家としては、唯一のものであり、一時代昔の生活を再現する場として平成5年3月に移築した🙌」
……いや、情報が多い😌
ひとつずつ整理させてください👀
まず、明治の中頃の建物🏠
ざっくり130年から140年くらい前です😆
次に、もともとあった場所が『中岳郷』🌸
……あれ💡
中岳?😳
ちょっと待ってください🍀
前回の前回、【彼杵の荘①】で『切間石』の話をしましたよね😁
江戸時代の、水を分ける石😊
あれの説明板に、こう書いてあったんです🔖
「平成8年に中岳水利組合から譲受」😄
中岳です✨
同じ地名が出てきました🙌
つまりこの道の駅、中岳という土地から、石と家を両方連れてきているわけです💡
水を分ける石と、茅葺きの母屋😌
その地区の暮らしを、まるごとここに移してある👀
バラバラに集めた展示物じゃなくて、ちゃんとつながっているんです😆
これに気づいたとき、ちょっと鳥肌が立ちました🌸
そして『富農家』という言葉💡
裕福な農家、ということですね😳
外に米蔵と牛小屋を含む四棟が並んでいた🍀
四棟です😁
母屋のほかに、四つも建物があった🏠
そして牛小屋があったということは😊
前回見た『牛のくら』の、あの牛です👀
馬鍬を引いていた、あの牛が、この家の裏にいたわけです💡
展示と建物が、頭の中でカチッとつながりました🏠
いやあ、この道の駅、構成が上手すぎます😄
🗺️ 間取り図がありました……『田の字』です
解説板の下半分には、間取り図が印刷されていました🔖
これ、僕はこういうのが大好きなんです✨
じっくり見てみます👀
……出ました🙌
「昔ながらの田の字の間取りやな〜」😌
そう思いました👀
『田の字型』というのは、日本の伝統的な民家の定番の間取りです😆
部屋を2列×2列の4部屋に区切って、漢字の『田』みたいな形にする🌸
そこに土間と縁側がくっついて、ひとつの家になる💡
図に書かれていた部屋の名前を拾ってみます😳
土間🍀
居間😁
炉(囲炉裏ですね)😊
神棚😄
納戸✨
奥納戸🙌
仏間😌
床の間👀
御前😆
座敷🌸
縁側(しかも上と下、二か所)💡
玄関😳
戸口🍀
板の間😁
物置場😊
……多い(笑)😅
いや、本当に多いんです😄
『納戸』があるのに、その奥に『奥納戸』がある✨
収納が二段構えです🙌
しかも『仏間』と『床の間』と『座敷』が別々にある😌
これが解説板にあった「富農家であったので部屋数も多くなっている」の正体ですね👀
納得しました💡
そして、土間がものすごく広いんです😆
図を見ると、家の左側の3分の1くらいが土間です👀
これは、農家の家として当然なんですよ🌸
土間は、屋根のある作業場ですから🏠
雨の日に藁を叩いたり、縄を綯ったり💡
……あ😳
前回の『縄綯機』です🍀
あれ、この土間で使っていたやつですよ😁
「わら縄を綯うのも農閑期の重要な仕事であった」と書いてありました🔖
その仕事場が、この図の左3分の1😊
展示品と、間取り図が、一致したんです😄
いやこれ、面白すぎませんか😆
🚪 一番下の『注』を読んで、逆にテンションが上がりました(笑)
さて、この解説板✨
一番下に、小さく注意書きがありました🙌
『注:土間は改築しており、現存していないため、見学することができません📚』😌
……ふむ👀
土間は見られない😆
それは残念です🌸
さっき「縄綯機はここで使ってたんだ」と盛り上がった、まさにその場所ですから💡
でも😳
ちょっと待ってください🍀
わざわざ「土間は見学できません」と書いてある🔖
これって、つまり💡
他の場所は見学できるってこと?(驚)😳
そうじゃないですか😁
全部ダメなら「内部は見学できません」と書けばいい📚
なのに、土間だけを名指ししている😊
ということは、居間も座敷も縁側も、入れるわけです💡
明治の茅葺き民家の、中に😄
囲炉裏のある居間に✨
これは見てみたい👀
絶対に見てみたい🙌
僕は説明板を読むのをやめて、足早に入口に向かいました😌
😭 入口に着いたら、そこには紙が一枚下がっていました(涙)
入口の柱のところに、縁側と上がり口がありました👀
靴を脱いで上がれる構造です😆
『禁煙』の札が下がっています🌸
いいですね、ちゃんと生きている建物という感じがします🏠
そして、梁のところに💡
小さな和紙が、一枚下がっていました😳
なんだろう、と思って近づきました😌
縦書きで、三文字🔖

『本日貸切』🍀
……😁
……え😊
貸切😄
本日、貸切(涙)✨
そこで僕は、しばらく動けませんでした🙌
いや、だってですよ😌
さっき解説板の注意書きを読んで👀
「土間以外は見られるんや」と気づいて😆
ひとりでテンションを上げて🌸
小走りで来て💡
貸切(涙)😳
しかも、この『本日貸切』の札がまたいいんです🍀
プラスチックの看板じゃなくて、和紙みたいな紙に印刷してラミネート🔖
それが古い梁からぶら下がっている😁
悔しいのに、「いい札やな〜」と思ってしまう自分がいました(笑)😂
よく考えたら、これはすごくいいことなんですよ😊
貸切ということは、誰かがこの建物を使っているということです🏠
見るだけの展示物じゃない👀
地域の集まりとか、お茶会とか、なにかのイベントとか🍵
明治の民家が、130年たった今も、現役で人を集めている😄
解説板にも「一時代昔の生活を再現する場として」と書いてありました🔖
場、ですからね✨
飾りじゃなくて、場所として使われている🙌
それが正しい保存の形だと思います😌
……と、頭では分かっているんですが👀
見たかった(涙)😆
残念です🌸
本当に残念です💡
これはもう、リベンジ確定です😳
彼杵の荘、もう一回来ます🍀
次は貸切じゃない日に来ます😁
🌱 園芸屋の豆知識:そもそも『茅(かや)』って、何の植物なんでしょう
さて、入れなかったので外から眺めていたら、気になってきました⛰️
茅葺きの『茅』って、何の植物なんでしょうか🌱
園芸屋のくせに、即答できませんでした😊
なので、調べました📚
そうしたら、これがまた面白かったんです😆
結論から言います😄
『茅(かや)』という名前の植物は、存在しません🌱
え、と思いましたよね😌
僕もなりました✨
『茅』というのは、屋根を葺くのに使うイネ科の草の総称なんです🏠
材木でいう『木材』みたいな言葉なんですね🙌
では、具体的に何が使われるのか😌
代表がこの3つです👀
ススキ😆
ヨシ(アシ)🌸
チガヤ💡
地域によって、手に入る草が違うので、使う植物も変わります🌱
山がある内陸ならススキ⛰️
川や湿地が近いならヨシ😳
ここ彼杵は、大村湾に面した土地で、背中に山があります⛰️
屋根の膨らんだ形と質感から見て、たぶんススキ系じゃないかと思います🏠
……ちなみに、ススキの別名を知っていますか🍀
カヤです(笑)😆
いや、そのままでした😁
ススキのことを、地方では普通にカヤと呼ぶんです😊
「名前は嘘をつかない」と何度も言ってきましたが、今回もそうでした😄
で、ここからが植物としての本題です🌱
なぜススキやヨシが屋根に向いているのか🏠
理由は、茎の構造にあります💡
イネ科の茎は、中が空洞なんです✨
ストローですね🙌
前回、稲藁の話をしたときも同じことを書きました😌
この空洞が、空気の層になります👀
空気は熱を伝えにくいので、これが断熱材になる😆
だから茅葺きの家は、夏は涼しくて冬はあたたかいんです❄️
ペアガラスや発泡スチロールと、原理はまったく同じです🌸
しかも、茅は表面に硬いケイ酸の層を持っています💡
ケイ酸というのは、要するにガラスの成分です😳
イネ科の植物は、土から取り込んだケイ酸を茎や葉の表面に蓄えます🌱
これが虫や菌から身を守る鎧になっているんですが🍀
屋根にすると、水をはじく働きをしてくれる🏠
そして、あの分厚くて急な屋根の形🌱
あれは、雨を茎に沿って一気に下まで流すための形です😁
茎を縦に並べて、そこを水が滑り落ちていく😊
中には染み込まない😄
植物の性質を、全部使い切っているんですよ🌱
誰かが計算したわけじゃなくて、何百年も試して残った形です✨
そして、屋根に生えていた苔と地衣類の話です🏠
あれ、実は屋根の状態を語っています🌱
苔が生えるということは、そこに湿気が留まっているということ🙌
茅葺き屋根は、本来は雨が降ってもすぐ乾くのが理想です🏠
乾いていれば、腐らない😌
でも年月がたって茅が寝てくると、水が抜けにくくなって、苔がつく👀
つまり、苔は葺き替えの時期を知らせるサインなんですね💡
黄色っぽく見えたものは、地衣類です😆
地衣類は、菌類と藻類が合体した不思議な生き物で、植物ではありません🌱
こちらは空気がきれいな場所にしか生えません🌸
大気汚染に弱いので、環境指標生物として使われます💡
あの屋根に地衣類がびっしり生えていたということは🏠
彼杵の空気が、きれいだということです😳
見た目は「汚れてる?」と思ってしまうかもしれませんが、逆なんですよ👀
空気がいい証明書が、あの黄色い模様です🍀
最後に、園芸屋としての話をひとつ🌱
このススキ、今どうなっているか知っていますか😁
園芸品種として、普通に売られています🌱
『タカノハススキ』という、葉に横縞が入るやつ😄
『シマススキ』という、縦に白い斑が入るやつ✨
『ヤクシマススキ』という、小さくまとまる品種🙌
庭のアクセントや、和風のシンボルとして人気があります🌬️
海外でも『ジャパニーズ・シルバーグラス』と呼ばれて、ガーデニングの定番です🌊
……ここで、ちょっと不思議な気持ちになりました😌
昔、ススキは屋根の材料でした🏠
だから村には『茅場(かやば)』という、ススキを育てる共有地がありました🌱
毎年刈って、順番に屋根を葺き替える🏠
生活に欠かせない資材だったんです😌
それが今は、観賞用の植物になっている🌱
前回、シュロの話をしました👀
シュロは雨具の材料から、園芸資材のシュロ縄になりました🌱
用途が変わっても、実用品のままだったんです😆
でもススキは、実用品から眺めるものになった⛰️
同じ「昔の暮らしを支えた植物」なのに、行き先が真逆なんですよ🌱
この差はなんだろう、と考えてしまいました🌸
たぶん、代わりが出てきたかどうかの差です💡
屋根には瓦とトタンとスレートが出てきた🏠
でも、木を優しく縛る紐の代わりは、いまだに出てきていない😳
植物が生活の中で生き残るかどうかは、代わりがあるかどうかで決まる🌱
茅葺き屋根の前で、そんなことを考えていました🏠
🪧 諦めて歩き出したら、今度は小さな看板を見つけました
貸切には勝てないので、僕は物産館に向かって歩き出しました🍀
今度こそ物産館です😁
そう思って歩いていたら😌
道の端に、細長い小さな看板が立っていました🔖

植え込みの緑の中に、白い板が一枚😊
下のほうにピンクの矢印がついています😄
読んでみました✨
『平五郎どん』🙌
『(腰・膝・踝の神様)』😌
……👀
腰😆
膝🌸
踝(くるぶし)💡
これは、行かないといけません😳
いや、本当にそうなんです🍀
僕はですね、足の怪我や病気をけっこうやっているんです😁
園芸屋という仕事、意外と足にきます🌱
重い鉢を運んで、しゃがんで、立って、また運んで😊
一日中それをやっていると、膝と足首が本気で悲鳴を上げます😄
そして旅先でも、僕はだいたい歩き回っています✨
さっきも古墳をぐるっと一周してきました🙌
だから、こういう看板には敏感なんですよ🔖
「コレは行っとかないと」😌
矢印の方向に、迷わず進みました👀
🔍 看板をよく見たら、『平』の字が貼り直されていました(驚)
で、この小さな看板🔖
近づいて見たときに、あれ、と思いました👀
『平五郎どん』の『平』の字😆
そこだけ、白い紙が四角く貼ってあるんです🌸
テープの跡がはっきり残っています💡
その白い紙の上に、『平』と書いてある🔖
……ということは😳
元は、違う字が書いてあったということですよね🔖
なぜ変えられているんでしょうか🍀
気になって仕方がないので、矢印の先にある大きな説明看板を先に読みに行きました🔖
そうしたら、答えらしきものが見つかりました😁
いや、答えというより、もっと謎が深まりました(笑)🤣
大きな説明看板が、しっかりした木の枠で立っていました🔖

縦書きで、金色の板にタイトルが入っています😊
『平五郎どん(腰・膝・踝の神様)』😄
タイトルは『平』です✨
そして、こちらにも白い紙が貼られた跡がありました🙌
で、本文を読み始めました😌
そこで、目が止まりました👀
「その昔、兵五郎どんと呼ばれる人がいました」😆
……ん?🌸
兵💡
兵五郎😳
本文は、ぜんぶ『兵』なんです🍀
最初から最後まで、一貫して『兵五郎どん』😁
でも、タイトルは『平五郎どん』😊
しかも、そのタイトルのほうに紙が貼ってある😄
……つまり、こういうことだと思うんです💡
もともとは全部『兵五郎』だった✨
それがあるとき「いや、正しくは『平五郎』だ」ということになって🙌
タイトルの部分だけ、紙を貼って直した😌
でも、本文は直しきれていない(笑)😅
あるいは、その逆かもしれません👀
正式には『兵』だけど、地元では『平』と呼ぶ、とか😆
どちらが本当なのかは、僕には分かりません🌸
でも、これ、すごくいいなと思ったんですよ😌
直そうとした跡が、残っている💡
看板ごと作り直せば、跡なんて残りません🔖
でも、紙を貼って直した😳
だから僕みたいな通りすがりの人間が「あれ?」と気づいてしまう🍀
そしてその『あれ?』のおかげで、僕はこの看板を隅から隅まで読んだわけです🔖
看板ごと新しくなっていたら、たぶんサラッと読んで終わっていました😁
紙一枚のおかげで、僕の記憶に完全に刻まれました😊
結果的には、大成功だと思います(笑)😂
📖 説明看板を全部読んでみたら、めちゃくちゃいい話でした
では、内容を紹介させてください😄
看板の本文を、ほぼそのまま引きます🔖
字が『兵』になっている部分も、そのままにしておきます✨
「その昔、兵五郎どんと呼ばれる人がいました🙌」
「この兵五郎どんは、修行の為全国行脚をされていました😌」
「ところが、彼杵へ来た時、足・腰などが痛くなって行脚が出来なくなり、そのまま彼杵に住まわれるようになりました🩹」
「兵五郎どんは、彼杵の子どもから大人まで全ての人に、自分が修行して学んだ事や、全国にはいろんな街(町)や人たちがいる事などをよく教えていたので、皆に慕われていました👀」
「その兵五郎どんは、晩年も、足腰の痛みに悩んでいたので」🩹
「【自分が足腰の痛みを治す神様になる】」😆
「と言って亡くなったそうです🌸」
「兵五郎どんは、たいそうお茶が好きだったそうで、足腰の痛い人は、濃いお茶をお供えし、お参りを願いすれば治るそうです🍵」
……いやこれ💡
いい話すぎませんか😳
僕、読み終わってしばらく看板の前に立っていました🔖
順番に整理させてください🍀
この方、もともとは全国を歩いて修行していた人なんです😁
それが彼杵に来たときに、足腰が痛くなって歩けなくなった🩹
旅を続けられなくなって、そのままここに住んだ😊
これ、旅をしている人間としては、けっこうくるんですよ😄
僕はキャンピングカーで長崎と佐賀を回っています🚗
行きたいところがあって、そこに行ける体があるから、行っている✨
でも、体が動かなくなったら、旅は終わります🙌
この方は、まさにそれが起きた人なんです😌
しかも、それでも彼杵の人たちに自分が見てきた全国の話を語り続けた👀
「全国にはいろんな街や人たちがいる事などをよく教えていた」😆
この一行が、僕には一番刺さりました🌸
歩けなくなった💡
でも、歩いて見てきたものは消えない👀
だから、語った😳
子どもから大人まで、全員に🍀
……これ、僕がブログでやっていることと同じじゃないですか😁
僕は今、キャンピングカーで長崎を回って、見てきたものをこうやって書いています🚗
何百年も前に、同じことを口でやっていた人がいた😊
それで慕われていた😄
なんというか、勝手に先輩を見つけたような気持ちになりました😌
そして最後がこれです✨
「自分が足腰の痛みを治す神様になる」🩹
自分が一番苦しんだものを、他人から取り除く側になると宣言して亡くなった🙌
かっこよすぎます😌
僕はこの一行で、完全にファンになりました👀
🍵 お茶が好きと書いてあったので、自販機で買ってきました(笑)
さて、看板にはっきり書いてありました🔖
濃いお茶をお供えして、お参りを願いすれば治る🍵
やり方が明記されているお参り、最高ですね🙌
こういうの、助かるんですよ😆
神社に行っても「二礼二拍手一礼」でいいのか迷うことがあります🌸
でもここは「お茶を供えろ」と書いてある🍵
簡単です💡
僕は看板を読み終わって、その場で回れ右をしました🔖
向かった先は、自販機です(笑)😆
いや、だってお茶を持っていませんから🍵
道の駅ですから、自販機くらいあります😳
そしてお茶を買って、戻ってきました🍵
そこにあったのは、想像よりずっと立派なものでした🍀

御影石(みかげいし)の、しっかりした祠(ほこら)です😁
屋根の形をした笠が乗っていて、中にご神体のようなものが安置されています🏠
左右に花が生けてあって、赤と白と黄色の菊が入っていました🌸
土台の正面には、金色の文字で縦に🔖
『平五郎どん霊所』😊
ここも『平』でした😄
そして、目に入ったのがこれです👀
お茶のペットボトルが、ずらっと並んでいる🍵
左に何本も、右に何本も✨
段の上にも、下にも🙌
緑茶のペットボトルが、びっしり置かれているんです🍵
僕は自分のお茶を持って、しばらく立っていました😌
そして、いちばん真ん中に置きました👀
せっかくですから、真ん中です(笑)🤣
手を合わせて、お参りしました😆
お願いしたことは、書かないでおきます🌸
でもまあ、腰と膝と足首のことです(笑)😅
🙏 並んだお茶を見て「俺だけじゃないんやな〜」と思いました
手を合わせたあと、もう一度あのお茶の列を眺めました🍵
すごい本数なんです🙌
十本以上はありました💡
しかも、見てください👀
全部、まだ新しいんですよ😳
ラベルも綺麗で、色も褪せていない🔖
ということは、つい最近置かれたものばかりということです🍀
お供えはきちんと片付けられていて、ずっと放置されているわけじゃない😁
それでもこの本数😊
つまり、今もどんどん増え続けているんです💡
「俺だけじゃないんやな〜」😄
そう思いました(笑)😂
いや、これ笑い話じゃないんですよ✨
この一本一本の後ろに、腰が痛い人がいるんです🩹
膝が痛い人がいるんです🙌
足首が痛い人がいるんです🩹
そして、その人がわざわざここに来て、自販機でお茶を買って、置いていった🍵
僕がやったのと、まったく同じことを😌
その人たちが誰なのかは、僕には分かりません👀
でも、痛みだけは共有しているわけです🩹
これ、けっこうすごいことだと思いませんか🙌
何百年も前の人の「神様になる」という宣言が😆
令和の道の駅で、ペットボトルの列になって残っている🌸
約束が、ちゃんと守られているんですよ💡
僕は、ちょっと嬉しくなって祠を離れました🙏
🌱 園芸屋の豆知識:お茶が好きな神様が、お茶の名産地にいる話
さて、ここで園芸屋として言わせてください🌱
この『お茶をお供えする』という話🍵
場所を考えると、とんでもなく意味深いんです😋
まず、ここは長崎県東彼杵町です😳
東彼杵町の名物、ご存知でしょうか🍀
そのぎ茶です🍵
そう、お茶なんですよ😁
東彼杵町は、長崎県を代表するお茶の産地です🍵
しかも、ただの産地じゃありません😊
そのぎ茶は全国茶品評会という、日本一を決める大会があるのですが🍵
そこで産地賞や農林水産大臣賞を何度も取っている、本物の名産地です😄
……あれ✨
大臣賞🙌
前回、籾摺機に『農林通産大臣賞受領』と書いてあって「凄っ」となりましたよね🔖
また大臣賞が出てきました(笑)😆
彼杵、賞を取りすぎです😌
で、ここで話がつながるんです👀
お茶が好きな神様が、お茶の名産地にいる🍵
これ、偶然じゃないと思うんですよ😆
この土地の人たちにとって、お茶はいちばん身近で、いちばん自慢できるものです🍵
だから、大事な人に供えるものが、お茶になる🌸
お酒でもお米でもなく、お茶🍵
土地の誇りを供えているわけです💡
そう考えると、あのペットボトルの列が、また違って見えてきました😳
では、植物としてのお茶の話をします🍵
お茶の木の名前は『チャノキ』です🌱
学名はCamellia sinensis(カメリア・シネンシス)📚
……園芸好きの方、今ピンときましたよね🌱
Camellia🍀
カメリア=ツバキ属です😁
そうなんです😊
お茶は、椿(つばき)の仲間なんですよ🍵
ツバキ科ツバキ属😄
僕らが庭に植えるあの椿と、同じ属です✨
だから、お茶の花を見たことがある方は分かると思いますが🍵
白くて、真ん中が黄色くて、完全に椿の顔をしています🙌
小さいけれど、ちゃんと椿です😌
秋になると、茶畑にぽつぽつ白い花が咲きます🍵
そして実がなるんですが、これがまた椿の実にそっくり👀
椿は花を見るために育てられ、お茶は葉を摘むために育てられる🍵
同じ属の植物なのに、人間の都合で扱いがまったく違うんです🌱
あと、これは園芸屋として面白いポイントなんですが😆
お茶の木は、酸性土壌が好きです🍵
これ、椿やサザンカ、ツツジ、シャクナゲと同じなんですよ😆
ツバキ科やツツジ科は、揃って酸性土壌を好みます🌸
だから日本の火山灰土壌は、お茶にうってつけなんです🍵
この旅で何度も火山灰土の話をしてきましたが、ここでもつながりました⛰️
もし家でお茶の木を育てたいという方がいたら🍵
鹿沼土やピートモスを混ぜて、酸性寄りにしてください💡
石灰を入れたら、一発でご機嫌を損ねます😳
椿を育てるのと同じ感覚でいけば、まず失敗しません🌱
そして最後に、ちょっと真面目な話です🍀
看板には『濃いお茶』と書いてありました🍵
薄いお茶じゃなくて、濃いお茶😁
この『濃い』にこだわっているのが、ちょっと気になったので調べました📚
濃いお茶に多く含まれるのは、カフェインとカテキンです🍵
カフェインというと眠気覚ましのイメージですが😊
実は、市販の鎮痛薬に配合されている成分でもあります🩹
鎮痛成分の効きを助ける働きがあるからです😄
そしてカテキンは、抗酸化作用で知られるポリフェノールの一種です✨
……もちろん、これは薬の話で、お供えの効能を説明するものではありません🙌
神様に供えたお茶を、僕が飲むわけでもありません(笑)🤣
でも、こう思ったんです😌
「足腰が痛いなら濃いお茶」という言い伝えが、まったくの的外れではない🍵
昔の人は、成分の名前なんて知りません😌
でも「これを飲むとちょっと楽になる」という体の感覚は、確実に知っていた👀
その感覚が言い伝えになって、神様に供えるものになって、今も残っている😆
植物の力を、経験だけで見抜いていたわけです🌱
前回、蓑の素材の話で「昔の人は植物をよく見ていた」と書きました👀
今回も同じ結論になりました🌸
本当によく見ていたんですよ、昔の人は👀
🧘 近くに『観音様』がいらっしゃって、説明が衝撃的でした
平五郎どんにお参りを済ませて、あたりを見回しました💡
そうしたら、すぐ近くに白い大きなものが立っていました😳
観音様です🍀
白い石で彫られた、立ち姿の観音像😁

蓮(はす)の花をかたどった台座に乗っていて、そのまた下に六角形の大きな基礎があります🌸
僕の身長よりずっと高い、立派なお姿でした😊
お顔が、とても穏やかなんです😄
手には蓮の蕾のようなものを持って、もう片方の手はゆったりと下ろしている✨
衣のひだが細かく彫られていて、彫った方の腕の良さが伝わってきます🙌
そして、背景がいいんですよ😌
観音様の後ろに、物産館の屋根が見えて🏠
その向こうに、【彼杵の荘①】で紹介した巨大な水車が見えるんです👀
観音様と、水車😆
この道の駅、一枚の写真に入る情報量がおかしいです(笑)😅
そして、ここにも説明看板がありました🔖

木の枠が少し色褪せた、味のある看板です🌱
読んでみます🌸
「『観音さま』とは菩薩の一尊です💡」
「如来になるために修行中の身で、世の中のありとあらゆる人を救うために様々な姿に変身します😳」
「おじいさんやおばあさん、子ども、兵士、お坊さん、恐ろしい鬼や美しい天女など、臨機応変に三十三種類の姿に変身します🍀」
「本来は男性であったと考えられています😁」
「あらゆる人を救い、あらゆる願いを叶える観音様です😊」
そして、注釈がついていました😄
「※如来(にょらい)……『悟りを開き、真理に達した者』」✨
……いや、待ってください🙌
情報が渋滞しています(笑)😂
ひとつずつ行きましょう😌
まず『修行中の身』👀
観音様、まだ修行中なんです(驚)😳
如来が『卒業した人』で、菩薩は『まだ在学中の人』ということですね📚
あんなに立派に立っていらっしゃるのに、ご本人はまだ修行中😆
なんというか、親しみが湧きました🌸
次に『三十三種類の姿に変身』💡
三十三です😳
しかもラインナップがすごい🙌
おじいさん、おばあさん、子ども、兵士、お坊さん、恐ろしい鬼、美しい天女🍀
鬼、入ってます(笑)😆
救うために、鬼にもなる😁
これ、相手に合わせて姿を変えるということですよね😊
優しく言って聞く人には優しい姿で😄
怖くしないとダメな人には鬼の姿で✨
接客の極意じゃないですか、これ🙌
うちの店でも、お客様によって説明の仕方を変えます😌
初めて植物を買う方と、30年やっている方に、同じ話はしません🌱
観音様、レベルが違いますけど、やっていることの方向は同じだと思いました😌
ちなみに、この『三十三』という数字👀
西国三十三所とか、三十三の観音霊場をめぐる巡礼の由来になっています😆
観音様が三十三に変身するから、札所も三十三か所🌸
数字がちゃんと理由を持っているんですね💡
そして、最後の一行です😳
「本来は男性であったと考えられています🍀」
……ん?😁
男性?😊
いや、たしかに言われてみればそうなのかもしれませんが😄
僕がこの一行を読んで最初に思ったのは、これです😌
「本来じゃないのもあるんかな?」(笑)🤣
だって『本来は』って書いてあるんですよ🔖
『本来は』ということは、本来じゃない場合があるということです✨
……と思って、よく考えたら😌
答え、上に書いてありました(笑)😅
三十三種類に変身するんです🙌
おばあさんにも、天女にもなる😌
つまり女性の姿にもなるわけです💡
だから僕らが見慣れている、あの優しくて女性的なお姿👀
あれは『本来じゃない姿』のひとつなんですね😆
というか、三十三個あるうちの三十二個は本来じゃない(笑)😂
看板の上から下まで、ちゃんとつながっていました🔖
自分の疑問の答えが、同じ看板の三行上に書いてあった🌸
僕は看板の前でひとり納得して、ちょっと恥ずかしくなりました(笑)😆
看板は、最後まで読むものです🔖
🔔 その近くに鐘があって「あっ」と声が出ました
観音様の手前に、小さな木の建物がありました🏠
四本の柱に、三角の屋根🌱
屋根の上には煙突みたいな突起までついていて、なかなか凝った作りです🏠
ミニチュアの鐘楼(しょうろう)ですね💡
そして、その中に😳
鐘が下がっていました🍀
青銅の、緑青(ろくしょう)がびっしり乗った鐘です😁

横から龍が伸びてきて、その口のあたりから鐘を吊っている構造😊
龍の鱗まで細かく彫られています😄
鐘の胴には、格子状の突起が並んでいて、その下に模様が入っています✨
そして横に、木でできた小さな撞木(しゅもく)が紐で下がっている🙌
これで叩くわけです💡
この鐘を見た瞬間、僕は声が出ました👀
「あっ」😌
いや、本当に声が出たんです👀
なぜかと言うと😆
全く同じものを、僕は持っています(笑)🤣
はい🌸
家にあります💡
この、龍が横から支えている形の鐘😳
緑青の色合いも、胴の突起の並びも、撞木の形も🌱
そっくりそのままなんです🍀
旅先で、自分の家にあるものと同じものに出会う😁
これ、なかなか不思議な感覚でした😊
しかも、道の駅の敷地の、観音様の前で😄
僕のところにあるものが、ここでは屋根つきのお堂に入って祀られているんですよ🏠
同じものなのに、置かれている場所で意味が全然違う😋
なんとも言えない気持ちになりました😌
うちにあるやつ、もうちょっと大事にしようと思いました(笑)😅
ちなみに、この鐘の突起について少しだけ✨
お寺の鐘の表面に並んでいる、あのイボみたいな突起🙌
あれ、ちゃんと名前があって『乳(ち)』と言います😌
飾りだと思われがちですが、諸説あって、音を響かせるためだとも言われています👀
そして、鐘を吊っている部分が龍の形をしているのも、ちゃんと名前があります😆
『龍頭(りゅうず)』です🌸
腕時計のねじを巻くところも『りゅうず』と言いますよね💡
あれ、この鐘の龍頭から来た言葉だそうです😳
……いや、言葉ってどこでつながるか分からないですね🍀
道の駅の小さな鐘から、腕時計まで行きました(笑)😂
📝 今回のまとめ
というわけで、【道の駅 彼杵の荘】の後半戦、いかがだったでしょうか💡
正直に言うと、今回は涙が二回ありました😁
ひとつ、2階が撮影禁止(涙)😊
ひとつ、茅葺きの家が本日貸切(涙)😄
見たのに書けない👀
入れると分かったのに入れない✨
旅というのは、こういうことが起きます🙌
でもですね😌
その代わりに、予定していなかったものに二つ会えました👀
平五郎どん😆
そして観音様と鐘🌸
茅葺きの家に入れていたら、たぶん満足して物産館に直行していました💡
あの小さな看板、見落としていたと思うんです🔖
入れなかったから、見つけた😳
旅って、そういうものなのかもしれません🍀
今回学んだことを、整理しておきます📚
ひとつ、『茅』という植物は存在しない🌱
ススキやヨシなど、屋根を葺く草の総称でした🏠
そしてススキの別名が、そのまま『カヤ』でした😁
ひとつ、屋根の苔と地衣類は、汚れではない🏠
苔は葺き替えのサインで、地衣類は空気がきれいな証明です😊
ひとつ、お茶は椿の仲間🍵
Camellia sinensis😄
酸性土壌が好きなのも椿と同じです✨
ひとつ、看板は最後まで読む🔖
観音様が男性だった理由の答えは、同じ看板の三行上に書いてありました(笑)😆
ひとつ、展示物は、つながっている🙌
切間石の『中岳水利組合』と、この家の『中岳郷』😌
『牛のくら』と、この家の『牛小屋』👀
『縄綯機』と、この家の広い『土間』😆
バラバラに置いてあるように見えて、全部ひとつの暮らしの話でした🌸
そして、一番心に残ったのは、やっぱり平五郎どんです🙌
全国を歩いていた人が、この土地で歩けなくなって💡
それでも見てきたものを語り続けて、慕われて👀
最後に「自分が足腰の痛みを治す神様になる」と言って亡くなった🩹
その約束が、ペットボトルのお茶の列になって、今も続いている🍵
僕はキャンピングカーで旅をしながら、見てきたものを書いています🚗
いつか体が動かなくなる日は、たぶん来ます😳
そのときに、僕は何を語れるんだろう🍀
道の駅の隅っこで、そんなことを考えてしまいました😁
……いや、しんみりしすぎました(笑)🤣
腰と膝はまだ動きます😊
お茶も供えてきました🍵
まだまだ旅は続きます😄
【道の駅 彼杵の荘】の情報を、もう一度まとめておきます✨
所在地は、長崎県東彼杵郡東彼杵町彼杵宿郷📍
国道205号沿いです🙌
敷地に県内最大級の前方後円墳『ひさご塚』😌
建物の中に歴史民俗資料館(2階は撮影禁止です)🏠
外に明治の茅葺き民家『旧岳中家住宅』(長崎県まちづくり景観資産)👀
『平五郎どん霊所』(腰・膝・踝の神様)😆
観音様と、小さな鐘🌸
そして巨大な水車と、江戸時代の『切間石』💡
……これ、全部ひとつの道の駅です😳
入館料、全部無料です🍀
腰や膝が痛い方は、自販機でお茶を一本買って、いちばん真ん中に置いてきてください🍵
そして茅葺きの家は、貸切じゃない日を狙ってください(笑)😅
僕からのアドバイスは、それだけです😁
🔜 次回予告
さて、涙をふいた僕です😊
まだ行けていない場所があります😄
そうです、物産館です✨
さっきから二回も足止めされて、まだ着いていません(笑)😂
三度目の正直、いよいよ物産館に入ります🙌
お茶の名産地ですから、期待していいはずです🍵
次回、【道の駅 彼杵の荘④】😌
お楽しみに😆
最後までお読みいただき、ありがとうございました🙏
旅する園芸屋二代目しんのすけでした🌱
それでは、また次回👀
旅をした時に見かけた植物を園芸屋とゆう目線で楽しく紹介していこうと思います。
「一般的に紹介されている育て方をすると育たない」
とゆう声を聞いてブログを始めました
