⛺【道の駅 ひまわり③】テントの中にも被災した家が……198年ぶりの噴火から道の駅オープンまでをパネルで学びました〜長崎の旅〜
※この記事にはプロモーション(広告)が含まれています📢
こんにちは😊
旅する園芸屋二代目しんのすけです🌱
長崎・佐賀の道の駅めぐりの旅、まだまだ続いております🚙
前回は【道の駅 ひまわり②】でした🌻
道の駅の隣にある土石流被災家屋保存公園で、屋外に保存されている被災家屋を見てきた回です🏠
今回はその続き、③です➡️
屋外の家屋を見て歩いた先に、大きなテントで覆われた建物がありました⛺
その中にも、土石流に埋まった家が保存されていたんです🏠
今回も、真面目なお話が中心になります🙏
どうぞ最後までお付き合いください✨
⛺ テントで覆われた建物の中へ……そこにも被災した家がありました
テントの建物に入ると、中は体育館のように広い空間でした⛺
天井は白い膜のテントで、鉄骨の骨組みが三角形に組まれています🏗️
自然の光がやわらかく入ってきて、屋外とは少し違う、静かな空気が流れていました🕊️
そして、その真ん中に……🏠
立派な2階建ての日本家屋が、土砂に埋まったまま保存されていました🏠
瓦屋根の重なり方からすると、かなり大きなお家です🏠
鬼瓦も、屋根から落ちて地面に転がっていました😢
1階部分は、大きな石まじりの土砂に埋まっています⚠️

🏠 一つ目:移築された大きな家……こんな大きな家を移築できるんですね(驚)
この家の近くに、説明のパネルがありました📋
『この中央の家屋は、ここから約45m離れた地点(現みずなし本陣敷地内)で被災したものですが、テント内で保存するために移築をしています』📋
『家屋手前の部分については、内部の状況をご覧いただくため、少し掘り下げ一部補修、復元を行いました』📋
『他の被災家屋(テント内外8棟)は、移築せずそのままの位置で保存しています』📋

……この家は、別の場所で被災した家を、ここまで移築してきたものだったんです(驚)😳
約45mとはいえ、こんな大きな家を、被災したままの状態で運んでくるなんて🏠
こんな大きな被災した家、移築できるんですね😳
どうやって運んだのか、想像もつきません🤔
それだけ、この家をきちんと残して、後世に伝えたいという思いがあったんだと思います🙏
裏側に回って、家の手前から見てみました📷
ここは、パネルにあったとおり、中が見えるように少し掘り下げてあります👀
サッシの窓ガラスの向こう、部屋の中にまで、土砂と石がぎっしり入り込んでいました😨
前回の土石流のパネルにあった「土石流は家の中を流れた」という言葉が、そのまま目の前にありました⚠️

さらに横からも撮ってみました📷
掘り下げた部分の溝を見ると、土砂の厚みがよく分かります⚠️
1階の窓の下半分くらいまで、土石流が積もっていたんですね⚠️
屋根のてっぺんには、テレビのアンテナもそのまま残っていました📡

☀️ 二つ目:屋根の上に『朝日ソーラー』……祖父母の家にもあったなぁ
テントの中には、もうひとつ、2階建ての家がありました🏠
こちらも1階はほとんど埋まっていて、2階の部分と屋根が見えています⚠️
手前の1階の屋根の下には、大きな石がごろごろと積み重なっていました🪨

そして、2階の屋根の上を見ると……👀
朝日ソーラーが乗っていました☀️
屋根の上に乗せて、太陽の熱で水を温めてお湯にする、太陽熱温水器です🛁
僕の祖父母の家の屋根にも、同じものが乗っていました🥲
子どもの頃、夏休みに遊びに行くと、晴れた日の夕方にはお風呂のお湯が熱々になっていたのを覚えています☀️
……懐かしいな〜って思いました🥲
そして同時に、この家にも、きっと同じように毎日の暮らしがあったんだと思うと、胸が詰まりました🙏
角度を変えて、横からも撮りました📷
2階の窓やひさしは残っているのに、1階は土砂の中です⚠️
下の屋根の瓦は、土砂の重みで波打つようにゆがんでいました😢

🏠 三つ目:おそらく平屋……トイレの煙突が出ていたので分かりました
3つ目は、こちらの家です🏠
屋根だけが、地面からぽっかりと出ています⚠️
一見しただけでは、何階建ての家なのか分かりません🤔
でも、屋根の端から、細いパイプのようなものが突き出ているのに気づきました👀
これは、昔のトイレの換気用の煙突です🏠
トイレの煙突は、ふつう1階のトイレから屋根の上まで伸びています🤔
それが、すぐ屋根の高さで出ているということは……👀
おそらく平屋だったんだろうと分かりました🏠
平屋の家が、屋根の近くまで土砂に埋まっているということです⚠️

屋根の上にも、小さな太陽熱温水器のようなものが乗っていました☀️
🌫️ テントの中なのに……屋根にはすごい埃が溜まっていました
テントの中の家々を見ていて、もうひとつ気づいたことがあります👀
どの家も、屋根の瓦が白っぽい灰色なんです🌫️
よく見ると、瓦の上にすごい埃が積もっていました🌫️
テントで雨が当たらないぶん、埃が洗い流されずに、そのまま溜まっていくんですね🤔
屋外の家々の瓦は、雨で洗われて黒っぽく見えていました🏠
テントで覆うことで雨風から守られる一方で、こうして時間の積み重なりが目に見える形で残っていく🕊️
30年以上という時間の長さを、この埃が静かに物語っているようでした🕊️
📋 『雲仙・普賢岳 噴火、災害』のパネル……198年ぶりの噴火でした
テントの中には、説明用のパネルもたくさんありました📋
せっかくなので、ひとつずつ読んでみました📋
まずは『雲仙・普賢岳 噴火、災害』のパネルです📋
写真と説明がセットになって、時間の流れに沿って並んでいたので、とても分かりやすかったです💡
1枚目は、噴火で荒れた島原の町を空から撮った写真📷
『雲仙・普賢岳噴火災害のすさまじさと教訓をここに』と書いてありました🙏
2枚目は、平成2年11月17日📅
『雲仙・普賢岳は平成2年11月17日、198年ぶりに噴火』🌋
……198年ぶり😳
前回の噴火は、江戸時代の1792年だったそうです📅
①のパネルにあった「1792(寛政4)年に発生した崩壊の跡」の、まさにその年です🌋
約200年もの間、静かだった山が、再び動き出したんですね🌋
3枚目は、平成3年6月3日📅
真っ黒な噴煙が、空に向かってもくもくと立ち上っている写真です⚠️
『地獄跡火口の噴火により、溶岩ドームが形成され、崩落により大規模火砕流発生』⚠️
『死者40名、行方不明者3名、負傷者9名、建物被害179棟』🙏
……この噴煙の写真を撮った方は、無事だったんでしょうか🙏
この日の火砕流では、取材をしていた報道関係の方々も犠牲になられています🕊️
写真を見ながら、そんなことを考えずにはいられませんでした🙏

4枚目は、平成4年8月9日📅
『この間、土石流・火砕流が発生』⚠️
『この被災家屋保存公園の9棟はこの日の土石流により埋没しました』🏠
前回の屋外の説明板にあったのと、同じ日付です📅
この写真は、どうやらこの場所を撮ったもののようでした📷
一面の石と土砂の向こうに、白い家と、白っぽい山肌の山が写っています🏔️
写真の左のほうに、ちらっと赤い屋根の家が映っていました👀
……前回撮った、あの赤い屋根の家なんでしょうか🤔
屋根まで歩いて行けるほど埋まっていた、あの家です🏠
確かめようはありませんが、なんだか気になってしまいました🤔
パネルの続きを見ていきます📋
平成8年5月1日📅
山肌が真っ赤に光っている写真です🌋
『最後の火砕流発生(火砕流総数9,432回)』🌋
……9,432回😳
火砕流が、9,000回以上も起きていたんです⚠️
毎日のように、山から火砕流が流れ下っていた時期があったということです⚠️
その11か月後の平成9年4月1日には、『島原鉄道全線開通』🚃
鉄道がふたたび全部の区間で走れるようになったんですね🕊️
そして、そのさらに2年後の平成11年4月1日📅
『道の駅「みずなし本陣ふかえ(土石流被災家屋保存公園)」がオープン』🏣
ここの道の駅と、土石流被災家屋保存公園がオープンしたのが、この日だったんです🕊️
パネルでは「みずなし本陣ふかえ」という名前で紹介されていて、この施設はその名前でも呼ばれているようです🏣
最後の写真は、たくさんの人で賑わう、みずなし本陣の様子でした😊
災害の場所が、たくさんの人が訪れる場所に変わっていく🕊️
その流れが、1枚のパネルの中にぎゅっと詰まっていました🙏

このパネルの流れも、年表にまとめておきます📝

🏗️ 『雲仙砂防』のパネル……無人の重機を遠隔操作で工事する
次は、『雲仙砂防』のパネルです🏗️
砂防というのは、土石流などの土砂災害から町を守るための工事のことです🏗️
パネルによると、噴火の災害を受けて、平成5年4月に「国土交通省 雲仙復興事務所」が開設されたそうです🏗️
そして「水無川」「中尾川」「湯江川」の3つの川で、町を守るための砂防工事が行われています🏗️
驚いたのは、こんな一文です😳
『今も、山腹には火砕流が残した堆積物が1億7千万m³(ヤフオクドーム約100杯分)もあり、大雨が降ると土石流が起きています』⚠️
……噴火が終わって30年以上経った今でも、土石流は起きているんです⚠️
パネルには、主な砂防工事が3つ紹介されていました📋
導流堤……土石流の氾濫を防いで、岩や土砂を安全に下流の海へ流す🏗️
砂防えん堤……流れてくる岩や土砂を止めて、土石流のエネルギーを弱める🏗️
床固工(とこがためこう)……土砂や水の流れで、川の底が削られるのを防ぐ🏗️
①の3枚の写真パネルで見た、山から海までまっすぐ伸びる導流堤も、そのひとつなんですね🏗️
そして、パネルの下半分には『進化した無人化施工技術』が紹介されていました🤖
噴火が終わったあとも、山頂には約1億m³の溶岩ドームが不安定な状態で残っていて、今なお警戒区域(立入禁止)になっているそうです⚠️
人が近づくのは危険なので、作業する人の安全を守るために、無人の重機を遠隔操作して工事をする技術が使われてきたんです🤖
離れた場所の操作室から、モニターを見ながら重機を動かす🖥️
パネルには、たくさんのモニターに囲まれて重機を操作している方の写真も載っていました🖥️
最初は石や土砂を取り除く工事だけだったのが、技術が進んで、砂防えん堤そのものを無人で作れるようになったそうです🏗️
そして、雲仙で開発されたこの技術は、全国の危険な工事現場でも活躍している🤖
パネルには、熊本地震の復旧の写真もありました🙏
雲仙の災害から生まれた技術が、ほかの地域の人たちも守っているんですね🕊️

🏫 『ちょっと足を伸ばしてみませんか?』……以前行った大野木場砂防みらい館

そして最後は、『ちょっと足を伸ばしてみませんか?』というパネルです🙌
紹介されていたのは、大野木場砂防みらい館🏫
……ここ、以前に行ったことがあるんです😊
パネルによると、道の駅から車で約10分ほどのところにあります🏣
目の前に雲仙・普賢岳や砂防施設が広がる展望所があって、噴火前の様子や、噴火中の火砕流の様子、溶岩ドームの今の様子などを、パネルや映像で分かりやすく見ることができる展示室があります🌋
そして、そのとなりには、火砕流の熱風で焼けてしまった『旧大野木場小学校』の校舎が残されています🏫
パネルにも『火砕流の恐ろしさが実感できます』と書いてありました🙏

道の駅ひまわりと、大野木場砂防みらい館🔭
あわせて訪れると、雲仙普賢岳の噴火と、そこからの復興の歩みが、より深く分かると思います🏔️
島原半島に行かれる方は、ぜひ足を伸ばしてみてください🚙
🌱 園芸屋の豆知識:植物の根も“小さな砂防”……庭の斜面を守るグランドカバーと芝桜の育て方
さて、園芸屋の豆知識のコーナーです🪴
今回は、雲仙砂防のパネルを見て、思い出したことがあります🏗️
砂防の世界では、コンクリートの堤防だけでなく、植物の力で土を守ることも、昔から大事にされてきました🌿
山の斜面に草や木が生えていると、その根っこが土をがっちりつかんで、雨で土が流れにくくなるんです🌱
葉っぱや枝が雨粒を受け止めて、地面に直接強く当たらないようにしてくれる、という働きもあります☔
……実はこれ、家庭の庭でも同じことが言えるんですよ💡
①庭の斜面や花壇のふちの土が流れて困っていませんか?⛰️
家の庭の、ちょっとした斜面や、花壇のふち🌸
雨が降るたびに、土が少しずつ流れて、下のほうに泥がたまっていく🌧️
そんな悩みを持っている方は、けっこう多いんです👍
こういうときに活躍するのが、グランドカバーと呼ばれる植物です🌿
地面をじゅうたんのように低く覆って広がる植物のことで、根っこが土をつかんでくれるので、土が流れにくくなるんです🌱
いわば、庭の小さな砂防ですね(笑)🌱
しかも、地面を覆ってくれるので、雑草も生えにくくなる🌱
一石二鳥の植物なんです😆
植物があるときとないときの違いを、図にまとめておきます📝

②斜面におすすめのグランドカバー🌸
斜面向きのグランドカバーには、こんな植物があります🌿
芝桜(シバザクラ)……春にピンクや白の花がじゅうたんのように咲きます🌸日当たりのいい斜面の定番です☀️
クリーピングタイム……ハーブの仲間で、小さな花と、踏むとふわっといい香りがします🌿
リュウノヒゲ(タマリュウ)……日陰でも育つ、細い葉っぱの常緑の植物です🌿
アジュガ……半日陰でも育って、春に青紫の花が咲きます💜
ちなみに、とても強くて広がりやすいグランドカバーの中には、増えすぎて周りの自然に広がってしまうものもあります⚠️
植える前に、お店の人に「どれくらい広がるか」を聞いてみてくださいね⚠️
今回は、この中から、斜面の定番の芝桜の育て方をご紹介します🌸
🛒 楽天市場で芝桜の苗を探す
🌸
③芝桜ってどんな植物?🩷
芝桜は、ハナシノブ科の植物で、北アメリカ生まれです🌸
名前に「桜」とつきますが、桜の仲間ではありません😊
地面をはうように広がって、まるで芝生のように地面を覆い、桜のような花を咲かせるので、芝桜と呼ばれています🩷
……見たまま命名、ここにもありました(笑)🌸
花の時期は4〜5月ごろ🌸
斜面一面がピンク色に染まる景色は、本当にきれいですよ🌸
そして、一年中葉っぱが緑のままの常緑なので、冬でも地面を覆ってくれます🌿
④植え付け✨
植え付けの時期は、春(3〜4月)か秋(9〜10月)がおすすめです🙌
この記事が出る11月は、地域によってはまだ間に合います👍
苗と苗の間は、20〜30センチくらい空けて植えます😊
最初はすき間だらけでも、1〜2年でつながって、地面を覆ってくれます✨
斜面に植えるときは、苗を植えたあと、まわりの土を軽く押さえて、苗が流れないようにしてあげてください👐
⑤置き場所と土🌤️
芝桜は、日当たりが大好きです🌞
日陰だと花つきが悪くなって、株もまばらになってしまいます😢
そして、水はけのいい土が大事です🙌
芝桜は、蒸れと過湿が苦手なんですよ🌸
……実は、水はけのいい斜面は、芝桜にとってはむしろ好きな場所なんです🩷
土に、①の回でご紹介した軽石や日向土を混ぜると、さらに水はけがよくなります🪴
⑥水やりと肥料💧
地植えの場合、根づいてしまえば、水やりはほとんどいりません💧
真夏に何日も雨が降らないときだけ、たっぷりやってください☔
肥料も、ほとんどいりません🧪
肥料をやりすぎると、葉っぱばかり茂って、花つきが悪くなったり、蒸れやすくなったりします💦
⑦花が終わったら『刈り込み』✂️
芝桜を長くきれいに保つコツは、花が終わったあとの刈り込みです🌸
花が終わった5〜6月ごろに、株全体を半分くらいの高さに刈り込みます✂️
こうすると、株の中の風通しがよくなって、夏の蒸れを防ぐことができます🌬️
そして、新しい芽がたくさん出て、翌年の春にまたびっしり花を咲かせてくれるんです🌱
⑧増やし方👍
芝桜は、挿し芽や株分けでかんたんに増やせます✂️
刈り込みのときに切った茎を、5センチくらいの長さにして土に挿しておくと、根が出てきます🌸
すき間ができてしまったところに植えておけば、斜面がどんどん埋まっていきますよ⛰️
⑨気をつけたいこと😊
いちばん気をつけたいのは、梅雨から夏の蒸れです😣
株の真ん中が茶色く枯れてきたら、蒸れのサインです😅
枯れた部分を取り除いて、風通しをよくしてあげてください💨
また、株が古くなると、真ん中がハゲたようになることがあります🍂
そんなときは、挿し芽で作った新しい苗に植え替えて、若返らせてあげましょう✂️
雲仙では、人の手で作られた砂防施設が、今も町を守り続けています🏗️
僕たちの庭では、小さな植物の根っこが、毎日こっそり土を守ってくれています🍃
庭の斜面に芝桜を植えて、春にピンクのじゅうたんが広がったら、ちょっとだけ雲仙のことを思い出してもらえたら嬉しいです🩷
📝 今回のまとめ
というわけで、【道の駅 ひまわり③】でした🌻
今回のポイントを整理します✨
①テントの中の被災家屋……約45m離れた場所から移築された大きな家、朝日ソーラーの家、トイレの煙突で平屋と分かった家🏠
②屋根の埃……テントで雨が当たらないぶん、時間の積み重なりが目に見えていました🌫️
③噴火・災害のパネル……198年ぶりの噴火、平成3年6月3日の大火砕流、9,432回の火砕流、そして平成11年の道の駅オープン🌋
④雲仙砂防……導流堤・砂防えん堤・床固工、そして雲仙で生まれた無人化施工技術🏗️
⑤大野木場砂防みらい館……車で約10分、以前行ったことのある場所でした🏫
⑥園芸屋の豆知識……植物の根は小さな砂防、庭の斜面を守るグランドカバーと芝桜の育て方🌸
①でパネルを見て、②で屋外の家を見て、③でテントの中の家とパネルを見ました🙏
3回かけて、ようやくこの場所のことが、少しだけ分かった気がします🙏
噴火から30年以上が経った今も、山には土砂が残り、砂防の工事が続いています🏗️
でもその一方で、道の駅には人が集まり、新しい技術が生まれ、ほかの地域の人たちも守っている🕊️
災害の記憶を残しながら、前に進んでいく🕊️
この場所は、そういう場所なんだと思いました🙏
🔜 次回予告
さて、次回です🛣️
【道の駅 ひまわり④】をお届けします🌻
道の駅ひまわり、まだまだ続きます🌻
次回も、ぜひお付き合いください➡️
それでは、また次の記事でお会いしましょう🙌
旅する園芸屋二代目しんのすけでした🪴
旅をした時に見かけた植物を園芸屋とゆう目線で楽しく紹介していこうと思います。
「一般的に紹介されている育て方をすると育たない」
とゆう声を聞いてブログを始めました
