こんにちは!🌱『旅する園芸屋 二代目しんのすけ』です😊

2月13日から2月25日まで、キャンピングカーで長崎・佐賀県をぐるっと旅してきました🚐💨

前回は佐賀県唐津市の名護屋城博物館で、藁葺きの草庵茶室、巨大ジオラマ、秀吉の馬藺後立兜、安宅船と亀甲船……と、無料とは思えない充実っぷりに大興奮したところまででした🏛️

そして今回は、いよいよあの部屋です🤩

そう、【黄金の茶室】✨💰

入り口の案内板の写真に写っていた、あの金ピカの部屋ですよ🤩

……いや、これがもう、想像を超えてきました😳

⏰実は「今は入れません」とおあずけを食らってました(笑)

実はですね、2階に上がってきたときにまず目に入ったのが『黄金の茶室』の看板だったんです👀

金色の文字で大きく『黄金の茶室』🤩

そして小さく『秀吉の茶室、時を超えて、再び名護屋に。』😲

……かっこよすぎません?😳✨

英語でGolden tea room、韓国語で황금 다실とも書いてあって、ここでも3ヶ国語表記🌏

「うおー!😮これ見たい!😆」とワクワクしながら向かったら……🚶‍♂️‍➡️

「只今、黄金の茶室は入れません。◯◯時ごろに入れます」🤵‍♀️

……おあずけ😇(笑)

犬か、私は(笑)🐕

まぁでも、こういうのって待たされるほど期待が膨らむんですよね😅

というわけで、その間に前回ご紹介した常設展示室のジオラマやら兜やら船やらをじっくり見て回っていたわけです😆

結果的に、いい順番だったのかもしれません👍

🎯そして、ついにその時間が来た!

ちょうどその時間になったので……😊

黄金を見るため、ワクワクを抑えながら展示室へGO🏃‍♂️💨(笑)

いや、抑えきれてなかったと思います🤣(笑)足早でした😂

『黄金の茶室』という金文字の看板のところから中へ🚶‍♂️‍➡️

そして、突き当たりをに⬅️

さらにに曲がって……😙

目の前に黒い幕🎭

これ、演出がうますぎるんですよ😁

わざとぐるっと回らせて、暗くして、幕をくぐらせる😉

完全に「これから何かが起こる」って空気を作ってくるんです😳

ドキドキしながら、黒い幕をくぐって……いざ茶室へ!😆(笑)

✨真っ暗な部屋に、黄金に輝く茶室が現れた

幕をくぐった先は真っ暗な展示室😵

そこにスポットライトがあたっていて……💡

中も外も黄金に輝く茶室が、ドーンと現れました😳✨

……いや、言葉が出ませんでした🫢

しばらく「おおぉ……😲」しか言ってなかったと思います😅(笑)

壁も、柱も、天井も、床も。全部、金💰

スポットライトの光を受けて、黄金がぬめっとした深い輝きを放つんですよ😃

金って、キラキラというよりは「ぼわぁっ」と重たく光るんですね🙂

これは写真じゃ絶対に伝わらない……実物を見ないと分かりません😳

暗闇の中に浮かび上がる金色の箱🤩もう完全に異空間です🌌

🔴赤い絨毯、赤い障子、そして桐の透かし!

茶室の中をよく見ると、これがまたスゴいんです🥸

床は真っ赤な絨毯?(畳表)🔴

金色の空間に、燃えるような赤🛑このコントラストが強烈です🔥

そして入り口の障子も赤!🪟

障子といえば白いイメージですけど、ここは赤い紗(薄い絹)が張られているんです😗

さらに、その赤い障子をよーく見ると……🫪

桐の透かし模様が入ってるーー!!😳

これには声が出ました(驚)😬

桐紋といえば、豊臣家の家紋ですよね🌿

障子の紗にまで家紋を織り込んでくるって、こだわりがエグい……😱

中には金の茶道具も置かれていて、釜も、水指も、柄杓の台まで、なんもかんも金✨

解説によると、当時の記録『宗湛日記』には「茶室は三畳で、柱や敷居・鴨居や壁、障子の骨・板もすべて金、障子には赤い紋紗が張られ、畳表は猩々緋(鮮やかな深紅色)、台子や風炉・水指・茶碗・柄杓などの茶道具はいずれも金だった」と書かれています📜

記録どおりに、そのまま作ってあるってことですね……すごい🙏

しかも、この茶室は組み立て式だったそうで🧱

バラして運んで、行った先で組み立てる🧩移動式・黄金茶室です😳

天正15年(1587)の北野大茶湯でも使われ、天正20年(1592)にはここ名護屋城に運ばれて茶会が催されたとのこと🍵

さらに、フィリピン総督使節や明国使節の応接にも使われたそうです🌏

……つまり、これは外交の場だったんですね🤝

🍵『黄金の茶室』と『草庵茶室』——正反対の2つの茶室

展示室には、こんな解説パネルがありました📋

『黄金の茶室と草庵茶室』

桃山文化の絢爛豪華さとは対照的に、質素・簡略・不完全の中に美を求める「侘び茶」もまた、この時代に大きく発展した——と書かれています😲

そう、前回ご紹介した1階の藁葺き屋根の茶室ですよ🍵

あの狭くて質素な草庵茶室と、この金ピカの黄金の茶室🍵

同じ人物が、両方を持っていたんです😳

千利休が完成させたとされる草庵茶室のスタイルは、草葺きの屋根や竹・土壁など素朴な材料でつくられ、自然の美をとりいれたもの🌱

秀吉が生活した山里丸の発掘調査で見つかった茶室跡は、『宗湛日記』の「御座敷四畳半、柱も其外みな竹なり」という記述とよく一致しているそうです🎋

パネルにはこう書いてありました📜

「絢爛な黄金と侘び寂びの風情を尊ぶ茶の湯は対極にあり、相容れないものと考える人も多いでしょう。しかし、秀吉はその非常識を形にし、黄金で茶の湯を表現させたのです。」

……非常識を形にする😵

いや、しびれますねこの言葉😳

普通なら「どっちかにしろよ」ってなるところを、秀吉は両方やった😎

これ、園芸屋の私からすると、なんとなく分かる気もするんですよ😌

派手な大輪の花も好きだけど、地味な山野草もたまらん、みたいな😅(笑)🌸🌿

……いや、スケールが違いすぎますね😅(笑)失礼しました😂

👑『秀吉の力を誇示する舞台装置』だった

もうひとつ、印象に残ったパネルがこちら👇

『秀吉の力を誇示する「舞台装置」』

……舞台装置🕹️うまい表現するなぁ😳

解説によると、秀吉は自らの権力・経済力を示すため、黄金を巧みに用いていたそうです🤨

金銀の国内産出量が飛躍的に増大したこの時代、天下統一を進める秀吉のもとには莫大な富が集まりました💰

大坂城を訪れた豊後の大名・大友宗麟は、秀吉の案内で数多くの調度品や武器・武具とともに蓄えられた大量の金銀を目にして驚嘆したとか😳

大名・公家に金銀を配った「金賦り(かねくばり)」なんてこともやっていたそうで💴

そして黄金に包まれたこの茶室も、天皇・公家や大名、宣教師や外国使節などに対し、政治・外交上の重要な場面で披露されたと😀

つまり、これは「見せるための金」だったんですね✨

かつての主君・織田信長の「御茶湯御政道(おんちゃのゆごせいどう)」(茶の湯を政治に利用する政策)を継承した秀吉にとって、黄金の茶室は自らの権威と桁違いの財力を見せつけ、見る者を圧倒する、とっておきの「舞台装置」だった——🫢

そう締めくくられていました📜

いや〜、納得です🙂‍↕️

だって私、400年後の一般人ですけど、思いっっきり圧倒されましたもん(笑)😂

秀吉の作戦、まだ効いてます👏

🙏すごいものを見せていただきました

暗い部屋の中で、しばらくぼーっと眺めていました😌

「すごいものを見せていただきました」🙂‍↕️

これ、心からそう思いました🙏

パネルの最後にはこう書いてありました👇

「400年の時を超え、いざ、『金ノ御座敷』の世界へ。」

「『黄金』に包まれた秀吉の『茶の湯』空間から、皆さんは何を感じるでしょうか。」

私が感じたのは……😌

「派手」でも「成金」でもなくて、なんというか執念みたいなもの、でしょうか🤔

農民から天下人まで駆け上がった人が、その力をどうしても目に見える形にしたかったんやろな、と🧐

そして同時に、狭くて質素な草庵茶室でも一服していた🍵

……人間って、おもしろいですね😌

💐園芸屋の豆知識:豊臣の家紋『桐』ってどんな木?🌿

さて、園芸屋の豆知識コーナーです🌱

今回はもちろん、赤い障子に透かしで入っていた桐(きり)について!🤠

桐はキリ科キリ属の落葉高木です🌳

(昔はゴマノハグサ科に分類されていましたが、今は独立してキリ科とされています)

この桐、園芸屋から見るとめちゃくちゃキャラの濃い木なんですよ😆

①とにかく成長が早い🚀

桐は「日本一成長が早い木」とも言われていて、条件が良ければ1年で2〜3mも伸びます💗

昔は「女の子が生まれたら桐を植えて、嫁入りの時にタンスにする」という風習があったほど🤠

20年ほどで立派な材木になるんです🌳木としては超スピード出世です🌱

……農民から天下人まで駆け上がった秀吉と、ちょっと重なりませんか?😳

いや、これは偶然でしょうけど😄(笑)でも面白い一致ですよね😙

②切っても切っても生えてくる✂️

「桐」という字は「木」+「同」ですが、一説には「切る」が語源とも言われています🤠

切り倒しても切り株から新しい芽がガンガン出てくるんですよ🌱生命力がとんでもない💪

③軽くて狂いにくい、日本一の家具材🪵

桐材は木材の中で日本一軽いと言われています🪶

しかも湿気を通しにくく、燃えにくく、変形しにくい🤠だからタンスや箱に最高なんですね📦

④花がめちゃくちゃキレイ💜

そして園芸屋として一番言いたいのがコレ🤠

桐は5月頃、薄紫の釣鐘型の花を、木のてっぺんにびっしり咲かせます🌸

これがもう、見事なんですよ🤠

藤の花を上向きにしたような感じで、遠くから見ると木全体が薄紫の雲みたいに見えるんです😍

葉っぱが出る前に花が咲くので、余計に目立ちます🤠

道を歩いていて「あの紫の木、なんやろ?」と思ったら、桐かもしれませんよ👀

ちなみに桐紋は、もともとは天皇家の紋でした🤠

それが功のあった武将に下賜されるようになり、足利氏を経て信長、そして秀吉へ☺️

秀吉は特に五七桐(ごしちのきり)を好んで使い、家臣にもどんどん与えたそうです😌

だから障子の紗にまで桐を入れたわけですね🌿

……というか、今の日本国政府の紋章も五七桐なんですよ😳

パスポートや500円硬貨にも桐が入っています🤠ぜひ見てみてください🪙

400年前の茶室の障子から、今のお財布の中まで🤠桐、大活躍です(笑)😆

💭まとめ:名護屋城跡、全部は回りきれませんでした(笑)

というわけで、名護屋城博物館② 黄金の茶室編でした✨

・金文字の看板で気分を上げられ📛

・「今は入れません」でおあずけを食らい⏰

・ぐるっと回されて黒い幕をくぐらされ🎭

・暗闇の中で黄金の茶室にドーンと出会う💰

この演出、完全にやられました🤣(笑)👏

そして正直に言います😐

この名護屋城跡だけでもかなりの大きさなので、全部は回りきれませんでした🙇‍♂️

いただいた『名護屋城跡ガイドマップ』を後で広げて見たんですが……🙄

大手口、東出丸、三ノ丸、本丸大手門、本丸(天守台)、馬場、二ノ丸、遊撃丸、弾正丸、水手曲輪、山里丸……😵‍💫

番号が11個も振ってある😳

私が歩いたのは、そのうちの半分くらいでしょうか💦

秀吉が茶室を構えていた山里丸にも、結局行けませんでした……無念😭

マップによると、山里丸には秀吉の屋敷・御殿や能舞台、茶室、庭園などがあったそうで🫢

次に来るときは、絶対そっちも回ります!🔥

それでも、すごい見応えのある所でした🤗

城跡も博物館も無料で、これだけ楽しませてもらえるって、本当にありがたいです🙏

佐賀県唐津市にお越しの際は、ぜひまる一日予定を空けて行ってみてください👍

(半日じゃ足りません😤私が保証します😂)

🛣️次回予告

次回は【道の駅編】をお知らせします!🤗

キャンピングカーの旅といえば、やっぱり道の駅ですよね🚐💨

長崎・佐賀で立ち寄った道の駅たち、ご紹介していきます😊

お楽しみに〜👋

最後まで読んでいただき、ありがとうございました🙇‍♂️

『旅する園芸屋 二代目しんのすけ』でした🌱🚐💨

ABOUT ME
旅する園芸屋 二代目しんのすけ
旅先で見つけた植物の育て方を紹介
園芸屋目線で紹介するしんのすけ

旅をした時に見かけた植物を園芸屋とゆう目線で楽しく紹介していこうと思います。

「一般的に紹介されている育て方をすると育たない」

とゆう声を聞いてブログを始めました